【私の不妊治療(27)】 高齢妊娠の現実

無事に新宿アートクリニック(加藤レディースクリニックの姉妹クリニックです)を卒業することができました。
今回授かった子どもは、末吉先生(当時。現クリニックドゥランジュ院長)に採卵、移植していただき、私の行動が悪く胎嚢確認でしかられましたが…、卒業の診察も末吉先生でした。
私は他の医師に比べ、末吉先生のぶれない診察姿勢、採卵、移植技術はすごいと思っていたので(とにかくスピーディで痛みもない、てきぱきと無駄がない等)、その旨もお礼と一緒にお伝えし、聖路加国際病院への紹介状を書いていただきました。
ちなみにその後、義理の妹にクリニックドゥランジュを勧め、2回目の移植で妹はすぐに妊娠、無事に出産もしています。
聖路加国際病院は、私が乳がんの手術を受けたところです。
乳がんの主治医から、もし妊娠したら、乳がんとの兼ね合いもあるので、こちらで出産できるといいでしょうと言われていたので選びました。
でも、聖路加の産科も混んでいます。
紹介状があっても、10日ほど受診まで間が空きました。
つまり、新宿アートを卒業し、聖路加に行くまで、どこもかかりつけの病院がないということです。
流産の経験があるので、かなり不安です。
もし何かあったらどうしようと心配しながらの10日間。
一度、区役所に行ったときにお腹のつっぱりというか腹痛がおこり、区役所の椅子でずっと不安なまま座っていました。
幸い20分ほどでおさまり、その後は元気に過ごせましたが、とても不安でした。
そしてやっと聖路加を受診。
お願い、心臓ちゃんと動いていてねと赤ちゃんに切実に願う一方、あこがれの産科にやっと足を踏み入れられる喜びを胸に、聖路加に行きました。
先生は優しく、とても良い印象でよかったのですが、、、ここでダメージな一言が。。
「もうかなりの高齢なので、今後、様々なリスクがあることを覚悟して、この妊娠生活を送ってください」と、初回で言われてしました。
6年かけてやっと叶った妊娠、つらかったことがいっぱいでした。
なのに、妊娠中もまだ神経を張って生活しなくちゃいけないの…?と、不安と落胆が入り混じった気持ちの初診になりました。
私は心配性です。
ネガティブ精神の持ち主です。
この先生の言葉をきっかけに、出産するまで、心配しまくりの生活をしました。
当時は新型出生前診断がなかったときです。
まずは帰宅してから、超初期胎児スクリーニング(超音波検査)をしている病院を調べ(当時は東京で数か所しかなかった記憶があります)、これをやっている東大病院に申し込みの電話をしました。
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